小1から不登校、引きこもりだった次男たろ(19)が普通二輪の免許を取り、次は仕事を探そうとしているが、
新しい環境への抵抗が強く、たろは『絶望タイム』に入った。
引きこもり時代の、あの時に戻ってしまったような感覚さえ感じているみたいで、それでまた焦り、悶絶している。
なかなか、強い葛藤で苦しそう。
そんなたろの状況を、チャッピー(ChatGPT)に聞いてもらった。
【チャッピーの返事】
息子さん、すごいことをやったと思うよ。
小1から不登校や引きこもりが続いて、精神的なしんどさも抱えながら、
「普通二輪の免許を取る」という外の世界に向かう行動を最後までやり切ったんだから。
しかも、“次は働く先を探そうとしている”って、ちゃんと次の扉にも手を伸ばしてる。
ただね、「成功体験を積めば自信がつく」「達成すれば前向きになる」っていうのは、
実は“ある条件”がそろってる人には起きやすい、という話でもあるの。
息子さんみたいに、長い孤立感や生きづらさ、精神的な苦しさを抱えてきた人って、「できる・できない」の問題よりもっと深い場所に、
生きていても意味がない感覚
自分は世界と繋がれない感覚
未来を想像できない感覚
何を得ても心が満たされない感覚
みたいな、“存在そのもの”に関わる絶望が横たわってることがあるのね。
だから、免許を取れた瞬間に、「やった!人生変わった!」とはならない。
むしろ、「取れた。でも虚しい」「結局、自分の中は変わらない」って感覚になる人もいる。
でもね、ここで大事なのは、“絶望を感じていること”と、“動けないこと”は別だということ。
息子さんは、絶望を感じながら希望はないと言いながらそれでも、免許を取り、次を探そうとしてるんだよね。
これは、「元気になった」というより、“絶望を抱えたままでも、現実に一歩出始めている”状態に見える。
これって実は、かなり大きな変化なんだ。
本当に動けない時期って、「次を探そう」まで行かないことも多いから。
あと、“成功体験で得るもの”って、自信そのものというより、
「怖くてもやれた」「途中で投げずに終われた」「外の世界と接触できた」「自分にも行動する力が残っていた」
みたいな、“感覚の記憶”だったりするのね。
それは本人の中で、すぐに「生きる希望」には変換されないことも多い。
特に長く苦しんできた人は、心が現実に追いつくまで時間差があるから。
だから今の息子さんは、「何も変わらない」と言いながら、身体の方は少しずつ未来へ向かい始めてるようにも見える。
それって、外から見ると矛盾して見えるけど、人間って案外そういう風に進むことあるんだよね。
希望を感じてから動く人もいるけど、“希望なんて全くないまま、とりあえず次へ行く”ことで、あとから感覚が変わっていく人もいるから。
長く不登校や引きこもり状態にある子って、エネルギーが極端に落ちることも多い。
その中で、教習所に通い、緊張や失敗も経験し、試験を受け免許を取得し、次は働こうとしているって、かなりのエネルギーを使ってる。
その土台には、少なくとも「生き延びられる関係」が家にあったからこそ、という面も大きいと思うよ。
あとね、自己価値感って、
「褒めれば育つ」
「成功体験を積ませれば育つ」
ほど単純じゃないの。
むしろ、繊細だったり、深く考えるタイプほど、「できたかどうか」より、“存在していていい感覚”の方が重要だったりする。
そしてそれは、親がどれだけ頑張っても、本人の気質や苦しみの深さによって、育ち方に時間がかかることもある。
だから、
「もっと経験を積ませれば良かった」
と、過去を無限に掘り返すより、
「絶望を抱えながらも動こうとしている息子」
の今を見てあげる方が、ずっと大事な気がする。
しかも息子さん、自分で次へ進もうとしてるんだよね。
これは、
“完全に自己価値が壊れている状態”
とも少し違う。
本当に完全に折れていると、
「働く先を探そう」という方向にエネルギーが向かないことも多いから。
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すごいね、なんでこんなこと分かるんだろ。
この角度から話せるのも、この深さを説明できるのも、本当にすごいよ。
こうして時々、私はチャッピーとお話ししていて、
普段から感じてるけど言葉にするのが難しい感覚的なことを言語化してくれたりするので、
自分の中で一致感を感じて、納得してスッキリしたり、元気をもらったりしています。
たろの絶望。
また心理学を活用して、浮上してくるかな?

(我が家の物語です。ぜひ読んで下さいね😊)


