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久々の実家ご飯。

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私の実家は、歩いて20分くらいの所にある。

20歳で結婚するまでは、ここで生活をしていた。

私は小学生の頃から勉強ができなくて、母によく怒られてきたけど、

私も負けずに母に暴言を吐いたり、癇癪声を上げながら泣き叫んだりして、母に対抗していた。

母とは一緒に出かけたり、話しをするような親子関係じゃなかったけど、母は料理が上手で色々作ってくれるので、

食べるのが好きな私は、母が作るご飯が大好きだった。

20歳という若さで結婚した私は、旦那さんとの新しい生活を始めるために実家を出た。

新居は実家から車で約30分の古い木造の文化住宅。

和室が2つと台所があって、壁は砂壁で、トイレは和式。

お隣さんの話し声がまる聞こえで、夜中になると、天井からネズミが走り回る足音が聞こえたりしたけど、

「バイバイ」と別々の家にもう帰らなくても良くて、ひとつの布団で一緒に寝て、一緒に朝を迎えられる生活になるのが嬉しかった。

そう、それなのに。

予想もしない出来事が、新婚生活の2日目の夕方に起きた。

母から、

「どうしてるんや?大丈夫か?」

と、私の様子を聞こうと電話をかけてきたのだ。

母のその声を聞いたとたん、自分でも予想外なことに涙が出てきてしまい、

泣くのを我慢しながら、「大丈夫」と母に伝えて電話を切った。

そして私は、わんわん泣いた。

今まで住んでいた家や、母の存在が遠くに感じて、急に寂しい気持ちになったのだ。

自分でもこんな気持ちになるなんて、まさかだった。

そして、すでに妊娠(4カ月)していた私は、この日からひどいつわりが始まり、ほとんど寝て過ごす毎日になった。

『幸せな新婚生活を楽しむ』なんて、それどころではなくなってしまったのだ。

母の電話の声で始まったホームシックとつわり。

もう、30年近い昔の、私の懐かしい思い出話し。

母が作るご飯は、母の味があって、私好みでどれも美味しい↓

エビチリ。

餃子。

唐揚げ。

小松菜の煮浸し。

パエリア風。

(これ美味しかった〜)

久々に実家で母のご飯を食べた週末でした。

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