「耐えてくれてありがとう」
昨日、娘はな(27)が私に言った言葉。
はなが何に対して『耐えた』と言っているかというと、子どもに何かあると親が責任を問われたり、矢を打たれるということに対しての『耐えてくれてありがとう』です。
不登校、引きこもり、精神疾患という重い課題と重い状況の子育てになってしまった我が家。
私の子育てについて、人からひどく言われたことがあった。
確かにあの頃は、正解や不正解を問われれば、偏っていた部分もあっただろうし、人の意見を受け入れず、ひとりで勝手に突っ走っているようにも見えたのかも知れないけど、
私は子どもたちとこの状況を生きていく使命感みたいなものがあったし、
全ての結果まで引き受ける覚悟と、何があっても誰のせいにもしたくなかったので、とにかくそこに自分の『納得』があるものだけを大事にしていた。
そして同じ家の中で実際に生活をし、日々色々なことを受け続けている当事者家族にしか分からないことや、言葉にしにくい部分の方が多いとも思っていたので、
人に説明をするエネルギーを使って消耗するぐらいなら、私は子どもと自分のことにエネルギーを使いたかった。
だからそれが、側から見れば、自分勝手な子育てをしてるように見えたのかも知れない。
そして子どもたちがどんな母親であるかを知っていてくれたらそれで良いと思っていたので、人から何か言われても、耐えるというより、戦わないだけだった。
そうなのよ、はな。
労いの言葉をありがとう。
そんな今日は、朝からたろ(19)が人生で初めて、ひとりで病院(眼科)に行って来ました。
左目が0.03(近視)
右目が0.7(乱視)
だそうで、左右差ひどくて、右目ばかり使って見ていたから、今日眼科でコンタクトレンズを入れてもらったら、
こっち(左側)にも世界があったんや〜
と感激してました。
一応メガネも作って持ってるんですけどね。
ほとんどかけてないし、メガネも度が合わず見えてないみたいなので、今回はコンタクトレンズを希望したたろでした。

※コンタクトの付け外しが異様に上手かったらしく、病院の人から本当に初めてなのかと2回も聞かれたらしい。たろに理由を聞くと『自分の身体を物として扱える』からだそうです。よく分からないけどすごいね。


