『問い』は『悩み』とは違う
なんじゃそらって感じですが、私は何かふと気付くとか、湧き出すとか、そんな感覚になる時があって、
そういう時はその言葉や文章をメモしたり、ブログがすぐにかける時はその勢いで書いたりしているのですが、
昨日のブログを書き終わった後に↓

『問い』についてふと気付いたことがあったので、それを綴りたいと思います。
はい、ではでは、
私の経験からの話にはなりますが、
悩みってあれこれ頭の中で考えますが、問いは考えるのとは違います。
問いへの答えは、考えた結果みたいなものではなくて、
自分の内側から深い納得や気付きみたいな、そんな一致感があるものです。
そしてここがポイントで、問いへの答えは、自分のあり方や自分がどの方向に向いているか、それが明確に定まっていて、その中で起こる困難ごとへの問いをした時に、自ずと答えに出会うという訳です。

これは自分自身の内側から出てくる場合もありますが、人の発した言葉だったりと外から出会う場合もあります。
自分の中に答えがあると分かる感覚が起こる理由も、問いの答えには自分の内側との深い一致感を感じるからなのです。
まとめると、問いへの答えと出会うためには、まず自分のあり方と向く方向が定まっていること。
私のこの時の場合で言うと、
・いちから子育てをやり直す。
・どんなことがあっても私が最後まで責任を取る。
・私や子どもたちのどんな感情も痛みも引き受ける。
・子どもたちの方を向いて生きる。
・今ここを生きる。
ここがベースとしてありました。
あの当時の過酷な子育てを、3人それぞれの悩みごとを抱えたまま日々を送っていたら、精神的にも肉体的にも限界が来て、多分生きていくのは難しかっただろうと思います。
だから私は、問いからの答えに助けられて、ここまで生き延びて来ました。
まぁ、生き延びてきた今も、私の出番は少なくなったと言えども、色々ありますがね😅

(我が家の物語です。ぜひ読んで下さいね😊)


