私の特性から保育士の資格があっても仕事にしない理由を以前ブログに少しだけ綴りましたが↓

今回は発達凸凹、引きこもり、精神疾患な子育てを経験したが故に、私が保育士の仕事を選ばない理由について、感じているものを綴ってみようと思います。
【理由1】
保育室や園庭を見ると胸が締め付けられる。
うちの子どもたちは、保育園から集団生活に入ったのですが、不登校、引きこもり、精神疾患な状況になった時、今までの子育てや保育園生活から振り返ってみたら、
合わない環境の中に押し込むように入れていたんだということをすごく感じました。
たろ(19)が『合わないピースに無理やりはめ込まれてるみたい』という言葉で表現していたことがあるのですが、本当にそんな感じを受けていたんだと思います。
特に娘はな(27)は、保育園での集団生活が始まった年から、体調不良や気になる姿が多くなっていたのも、こういった理由があったんだと、謎が解けたように分かりました。
なので、保育室という空間で過ごす子どもたちの姿を見ると(映像でも)、
保育園時代の自分の子どもたちの姿が蘇り、何とも言えない悲しさや痛みで胸が締め付けられてしまいます。
【理由2】
普通の生活、普通の人生を送っていた時期があったことを思い出すと、やっぱり悲しくなる。
理由1に反して、やっぱり親としてはみんなと同じことができて、普通に毎日朝から外に出ることができて、精神疾患などなかったあの頃の普通の日常生活が、本当に奇跡の時間だったなと思うと、正直やっぱり悲しい気持ちになる。
【理由3】
集団生活の中で子どもたちがやらされてることに対しての意味が分からなくなってしまった。
子どもたちに『〜させる』『できるようになる』みたいなことに何故かずっと私の中で違和感みたいなものはありながら当時も保育士をしていましたが、
我が子たちの事を経験して、さらにそういったことに意味を感じなくなってしまいました。
意味を感じないことは仕事であっても子どもたちにやらせることが今の私にはできないし、
集団生活という枠の中で、正解や正しいことをひとつにすることの意味が余計にわからなくなりました。
そして『社会性を身につける』というもっともらしい主張や正しさは、大人の都合だとも感じるようになってしまいました。
ただ、先生の人数や業務量の多さ、時間で区切られてる生活、安全第一が最優先であることを考えれば、個別に対応していくのは難しいのも分かるし、
決められたルールや指示の中で子どもたちが適応してくれる方が保育が回るのも、仕事をしていてよく分かるのですが、
今こうして不登校児が増え続けているのも、子どもたちが初めて入る集団生活の保育園や幼稚園という環境のあり方から見直さないといけないんじゃないかな、なんてことを感じたりもしています。
これまで言語化できない違和感や辛さを感じながら適応してきたけど、限界が来てしまったのかな、なんて個人的に思ったりしています。
付け加えて綴ると、うちの子どもたちも、保育園生活の中で楽しかった思い出や、大好きな友達、大好きな先生もいたので、
うちの子どもがこんなことになったのは全部保育園のせいだ!学校のせいだ!なんて言うつもりは全然ないですし、当然、親の私自身や家庭内でのことも色々ありましたので、随分反省しました。
はい。
最後に、私が保育士の仕事をしていたあの頃を思い出すと、毎日園の子どもたちと過ごせることに幸せを感じていたし、みんな本当に可愛いくてたまらなかったし、貴重な成長の一部分に携さわらせてもらえたことに、ありがたさも感じていました。
それに、私は母性がかなり強い人なので、保育士の仕事は私のその母性も満たしてくれる仕事だったなーなんて思います。
30代前半の頃に働いてた保育園での写真↓

1日動物園の行事があった時だね🐰
この時のクラスの子どもたちが大きくなってる姿、見てみたいな〜😊

