私が小学生の時の夢。
それは保母さんになること。
公園で遊んでいる時、そこで出会うお母さんとその子どもや赤ちゃんと仲良くなるとお家に行くようになり、おもちゃで一緒に遊んだり、お母さんとお話ししたり、そのお家のお皿洗いをしたりしていた。
そんな風にお邪魔できる家が何軒かあって、子どもと遊ぶのが大好きだった。
そこから思春期を迎え、紆余曲折して20歳ではなを妊娠し、結婚して家庭を持った。
そしてはなを出産した翌月、腕や指に大きな障がいが残ってしまう事故が旦那に起きた。
この出来事で私は、人生は突然大きく変わってしまことや、明日どうなるかなんて分からないことを身をもって知り、これまで何も成し遂げてこなかった自分の人生を振り返り、本気で何かに取り組みたい気持ちが湧いてきた。
そして何より生まれてきた娘には、食べ物に困るようなひもじい思いをさせたくなかったので、手に職を付けて自立しようと思い、翌年の春、大阪芸術大学短期大学部通信教育部保育学科に入学し、保育士を目指すことに決めた。
そして私は保育士の資格が取れたら、保育園という場所ではなく、家庭で暮らすことができない乳児院や児童養護施設で働きたいという希望があった。
入学から6年後、無事に学校を卒業することができ、保育士の資格を取ることができた。
でも、今の家庭の状況や自分の子育てがあったので、働く先は施設ではなく、通勤できる範囲内の保育園を選んだ。
そして数年後、3人の子どもたちが不登校、引きこもりになった。
子どもたちの精神状態も生活も大きく崩れ、一人ひとり、それに対応していく日々が始まった。
癇癪、感覚過敏、うつ、過食拒食、自傷行為、強迫神経症、フラッシュバック。
24時間待ったなし。
夜中の緊急事態にすぐさま動けるように、ド近眼で裸眼では何も見ない目をレーシック手術で視力回復させ、そして毎日服を着て寝た。
その時々の子どもたちの様子をノートに書き留め、自分の内面にあるものを綴ることで整理し、メンタルリセットして翌日に持ち越さないようにしてきた。
まるでこれが私の仕事かのように、子どもたちの精神から起こす激しい言動に対応し、生活を支えてきた。
私は思った。
施設の寮母さんだ。
夢が叶ったと気付いた瞬間だった。
当時のデコボコハウスの寮母さんとその子どもたち↓

(笑顔が素敵なせいで大変そうな感じも苦労も全然伝わらないのが悔しい💧)



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