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職業訓練校

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我が家の次男たろ。

19歳。

小1から不登校。

ただ学校に行けないだけでなく、癇癪、感覚過敏、刺激による反応の強さ、身体醜形障害、後は独特の感性感覚やらの色々なものを持ち合わせていたので、日常生活が色々嵐だった。

この嵐は成長と共に形を変え、さらに思春期になると精神がより複雑で深さを増していった。

どういった事が起きたかを一つひとつ詳しく文章にするのが難し過ぎるのと、過去の出来事を思い出して書く作業自体に精神的疲労と感情が蘇ってしまうので内容がなくてごめんなさいですが、

たろの嵐がピークだった2年前のあの時の私の顔は…


こんな感じだった。

とにかくけっこう『えげつなかった』。

だけどその精神状態の渦中を体験している本人が一番苦しいわけで、親だけど当事者ではない私の苦しさや私が湧き起こす色々な感情というのは自分が知ってあげていれば良くて、

ついでに言うと自分の内側の中で向き合う作業をすることで力に変えていくタイプの人間(内向型)なので、いつもハッピースマイルを振り撒いてる私ですが、

あの時の私の正直な気持ちを表現すると『えげつない』体験だった。

この『えげつない』体験は長女はな(27)の時も経験したが、どちらが『えげつない』のかなんていう比較は出来ない、種類が違うだけで、どちらも気が狂いそうになるほどの凄まじさだった。

で、実は今回はこのことを書きたかったわけではなく、

精神の嵐のピーク(たろはあの時の状況を精神の臨界点に達したと言っていた)17歳の時、その時期にたまたま出会った精神科医の名越康文先生のYouTubeで心理学を学んだお陰で、ある意味命拾いし、そこから自分の精神の扱いができるようになった。

外に出ることも難しくなくなり、人生や環境を変えたい、そんな気持ちの芽生えが心の底から湧いてきたようで、昨日、その選択肢の一つとして、職業訓練校の情報をたろと2人で見ていた。

なるほど、なるほどとホームぺージを見ていくたろと私。

そこには個別相談会、実践力重視、プロフェッショナルを目指す、大学と連携、企業のニーズに対応した技術者の育成、企業面接、ビジネスマナーなどと書かれた、社会に出るために必要なレベルの高さや難しさを感じさせる言葉や文章がズラーと書いてあるのを見て、たろはこんな感じになった。

あまりにも社会に出るためのハードルが高すぎると感じるような堅苦しい言葉の数々に打ちのめされてしまい、ダメージを受けた。

そしてこんなことを言った。

「俺の場合は職業訓練校に通うための訓練校から行かなあかんわな!」

失礼だけど、爆笑してしまった。

とりあえず今回は職業訓練校の選択肢は消えたようなので、たろの回復を待って、ゆっくり、一つずつ、進んで行けたらと思いますが、どうなるやら…?

メッセージがあればぜひ♪

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